週刊新潮7月9日号41ページに、「JAXAの月面着陸探査に黄信号を灯す「宇宙政策担当大臣」」
という記事がのり、私のコメントもその中で掲載されました。
 今回週刊新潮の取材を受けて、週刊誌の記事の作られ方の一端がわかりましたのでご紹介したいと
思います。

 この記事は、月着陸計画SLIMの意義の部分以外は、ほぼ事実無根なのですが、簡単に要約すると、
「山口俊一宇宙政策担当大臣が宇宙探査に関心を持っていないために、SLIMの予算が削られ、
SLIMの成功が危ぶまれている」という趣旨に読めます。そして、なんと私を筆頭に、
「多くの宇宙関係者が山口大臣の無関心を槍玉にあげている」という話になっています。

 最初に申し上げます。私は取材の過程で山口大臣の名前を出したことは一度もありません。
また、宇宙探査関係者で「山口大臣を槍玉に挙げている」人は、私の知る限り一人も見たことが
ありません。
 そもそも宇宙政策は多方面の分野の要望や、様々な国内国際情勢を勘案してつくられるので、
関わっているスタッフも膨大です。ですから、宇宙基本計画に対していろいろ要望や感想を
述べることはあっても、大臣がどうこうという人がいるという話がそもそも不自然なのです。
しかし、私は一つの重大なミスをしました。
 記事に使われた私のコメントは内閣府の宇宙基本計画に対する要望の部分だったのですが、
新潮記者に、「内閣府の部分に山口大臣の名前を併記させて欲しい」と頼まれたのです。
私はその意味を深く考えず、宇宙開発政策本部の担当責任者であるから私のコメントの意味は
変わらないと考えて了承しました。
 結果、そこを利用され、私が山口大臣に不満を持っている筆頭かのごとく書かれてしまいました。
私だけが誤解されるのなら身から出た錆なのですが、宇宙探査関係者までそのように思っていると
書かれたことは大変迷惑です。
 このような苦しい作文をしているところから推察するに、おそらく山口大臣に不満を言う
宇宙探査関係者は一人も見つからなかったのだろうと推測されます。

 もう一つの興味深い話があります。SLIMの取材の際、
「150億円ではできないという情報がありますが」とか、
「技術的に達成困難という話がありますが」などと鎌をかけられました。
私は「変だなーそんな事実はないはずなのに」と思いながら、
「予算額でできる見込みだから承認されるわけだし、開発メンバーもできると確信して
計画を進めている」と説明させていただきました。
結局、SLIM開発困難という話は匿名情報としても記事になっていなかったので、
やはりそんな情報はもともとなかったのでしょう。
 注意深く読めば、SLIMが黄信号という根拠は150億円という金額だけです。SLIMの売りは、
イプシロンロケットでコストを抑えてそのぶん多数の探査をつくり出すということなので、
低コストはメリットであり、400億かかる計画を150億に値切られている訳ではありません。
私のコメントも、「月開発などの国際共同宇宙開発は平和秩序の構築にも役に立つので、
情報収集衛星の予算を一部月惑星探査に回すという選択もあるのではないか」という提案であり、
SLIMの予算が少ないとは一言も言っておりません。
このあたり論旨の組み立ては少々手ぬかりがあるようです。
しかし、さらっと読むとSLIMの予算が足りないと私が訴えているようにも見えるという
構造になっています。

 結局、記事を分析すると、山口大臣に関する具体的な問題点の材料は一つもなくなります。
なぜ、週刊新潮が山口大臣を貶めたいのかはわかりませんが、結局のところはあまり確かな
情報を得ることができず、実名を出すことを許可した私のコメントに信憑性の大部分をおしつ
けるしかなかったのでしょう。結果的に記事の片棒を担ぐことになってしまったことについては、
山口大臣に大変申し訳なく思っております。

 さらに詳しく読むと、もう一つ興味深いことがわかりました。
SLIMの着陸地点は高日照率領域と断定するような記事となっていますが、現在はまだ
着陸地点は正式に決定しておりませんし、月の縦孔周辺という重要な着陸地点候補もあります。
もちろん、そのことも説明してあります。実はそういう目で読み直すと、面白いことがわかります。
よくよく読むと、「SLIMが高日照率領域に降りる」とは書いていないのです。私が記者に説明した
内容はこうです「SLIMの着陸地点はまだ決まっていない。将来は月の極地の探査がしたい。
そのために必要なピンポイント技術をSLIMで実証する」。そういう文脈を頭に入れて読むと
そのようにも解釈もできる書き方になっています。しかし、サラッと読むとSLIMが極地
に降りたつようにしか見えません。どうだ嘘はついていないだろう、とそいうなかなか絶妙な書き方に
なっています。実は冒頭で紹介した趣旨も、「文の並び方でそう読めるかもしれないが、
そんな意味では書いていないよ」と言い逃れも可能な構造を持っています。
これが週刊誌の作文法かと、業界テクニックを垣間見た気がしました。

 今回の経験を通じて、
週刊誌の取材の中には、文句を言うために、文句を言うネタを0から探すという
本末転倒なことが行われているのだということがよくわかりました。
 私はSLIMと日本の月探査の未来について読者が夢をかきたてられるような記事になればと思い、
たくさんの資料や関係者を紹介し、何度も電話での質問に答えたのですが
結局、なんの根拠もない個人攻撃の記事をつくりたかっただけなのかと思うと、
本当に残念でなりません。

 世の中には勘違いによる間違った記事もあふれていますが、さらに、何者かの意思によって
ミスリードするように作られた記事もあるようです。
 一つの情報ソースを盲信しないことが大切です。


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