お月見の季節ということで、月探査・開発に関するコラムを短期集中連載で、
お届けしようと思います。

 まず、第一弾は、「宇宙探査の技術レベル入門です。
 8月3日(月)にNHK-BSのニュース番組「キャッチ!世界の視点」に出演
させていただき、日本の月探査計画の現状と未来像について紹介させていただきました。
その時に、本サイトの月探査メーターも紹介させていただきました。
このメーターは好評で、twitterでもたくさん拡散していただいているようです。
    tv-screen
 番組内容の詳細は以下のNHKのサイトを御覧ください。
 「キャッチ!世界の視点」特集まるごと

 このメーターはあくまで私の独自の判断によって描いたものです。しかし、
各国の探査技術レベルの判断基準をある程度理解できれば、みなさんも独自のメーターを
考えることができるようになります。
 そして、宇宙政策に発言する国民として、みなさんにもぜひ独自メーターが考えられる
ようになっていただきたいと思います。
 各国の技術レベルを比較する前に、判断基準を整理してみましょう。
 なお、以下に述べる各技術については、オススメ本コーナーにある、
「惑星探査入門 はやぶさ2にいたる道、そしてその先へ] 朝日選書 寺薗淳也 (著)
に、詳細な解説がありますので、興味を持たれた方は、ぜひそちらも読んでみてください。

 宇宙探査の技術レベルを、以下のように7段階で考えると、わかりやすくなります。
 レベル1)地球周回衛星
 レベル2)フライバイ探査
 レベル3)月・惑星周回探査
 レベル4)軟着陸探査
 レベル5)無人探査車運用
 レベル6)サンプルリターン
 レベル7)有人探査 

 宇宙探査は、このレベルを1段ずつ登っていく必要があります。
それぞれ、何が難しいかを解説しましょう。

 まず、レベル1)地球周回衛星
 じつは、ただ宇宙に行くだけであれば、ハードルはそれほど高くありません。
国際航空連盟の規定では高度100kmを超えると宇宙ということになっています。
 我々がのるジェット旅客機は高度10kmを飛んでいますので、宇宙は気の遠くなる程
遠いところにあるということでもありません。
 宇宙まで飛んで行って落ちてくるロケットをつくることは比較的簡単です。
しかし、周回衛星となると、そうは行きません。
 一度打ち上げた周回衛星は、ロケットを噴射しなくても地上に落ちてきません。
実際は地球に向かって落ち続けているのですが、水平方向のスピードが速いので、
水平移動と落下移動をあわせると、ちょうど地球の丸さにそって周回飛行するように
見えるのです。
 周回衛星を実現するためには、とてつもないスピードの水平飛行を実現しなくては
なりません。
 地球の場合、最低でも秒速7.9kmを超えるスピードを持っていなくては、
周回衛星になりません。このとてつもないスピードのロケットをつくることが大変なのです。

レベル2)フライバイ探査
 目的の天体のそばを通る時に、近くから天体を観測する探査です。
 遠くの天体まで探査機を送るという距離の難しさがあります。
 高度な軌道制御技術や、遠方の探査機に指令を送る通信設備が必要となります。

レベル3)月・惑星周回探査
 打ち上げたロケットを、目標天体の人工衛星にして行う探査なので、
天体の重力にあわせたちょうど良いスピードに調整して、衛星軌道に投入します。
 宇宙で正確なタイミングで適切な方向にロケットを噴射しなくてはなりません。
 フライバイよりもさらに繊細な制御が必要となります。

レベル4)軟着陸探査
 次に難しいのは軟着陸です。軟着陸とは、目的の天体に激突するような着陸ではなく、
探査機が壊れないようにふわっと降りる着陸のことです。
 地面に激突しないよう、ロケットの逆噴射をしたり、大気のある天体ではパラシュートを
使ったりします。
 「はやぶさ」も小惑星イトカワに着陸しましたが、イトカワの重力は大変小さいので、
軟着陸というよりは、国際宇宙ステーションに宇宙船がドッキングすることに近い
技術となります。
 イトカワのような着陸と、通常の月惑星探査の軟着陸とを明確に区別するために、
後者を「重力天体への軟着陸」と呼ぶ場合もあります。

レベル5)無人探査車運用
 次のレベルは無人探査車の運用です。無人探査車のことをローバーと呼びます。
 ローバーを走らせるためには、まずは、ローバーを軟着陸させねばなりません。
 さらに着陸機からローバーを発進させるので、ローバーを遠隔操作したり、
データを地球に伝送するための高度な通信システムや、ローバーの車体に
収まる小型で高性能な観測装置を開発せねばなりません。
 脱輪しても助けは呼べませんので、対象天体の地面の特徴や周辺の地形も
事前に、十分に把握しておく必要があります。

レベル6)サンプルリターン
 サンプルリターンとは、目的の天体から岩石や土や大気などの試料(サンプル)を
地球に持ち帰る探査です。
 これは、レベル5に比べて格段に難しくなります。
なぜなら、サンプルを地球に持ち帰るためには、探査している天体からロケットを
地球に向けて再び打ち上げる必要があるからです。
 地球からロケットを打ち上げることですら難しいのに、誰もいない天体から、しかも
地球からの長旅や軟着陸で、くたびれた状態で打ち上げるのですから、大変です。
 さらに、地球帰還のために、大気圏突入という難題をクリアしなくてはなりません。
 また、世間からのプレッシャーも大きな探査です。
というのは、着陸した天体上でどのような科学的成果をあげたとしても、
サンプルリターン計画と名前がついた途端、地球に無事帰還しない限り「失敗」
とされてしまうからです。
 ほぼ100%成功の探査しか許してもらえない雰囲気があります。

レベル7)有人探査
 そして、宇宙探査の最高峰が有人探査です。
 有人探査の流れは、打ち上げ→目的天体への軌道投入→軟着陸→再打ち上げ→大気圏突入
と、サンプルリターンと基本的に同じです。
 しかし、サンプルリターンは、数gから数kgの試料を運べばいいだけなのに対し、
有人探査は数十kgの人間を複数と、生命維持のための物資や装置という、莫大な重量を
運ばなければなりません。
 また、岩石試料と違って、人間は高温や低温、強い衝撃、放射線、空腹、酸欠、など
様々な危険から守らなくてはなりません。
 有人探査こそ、人命がかかっているので、100%の成功でなくては許されない探査です。


 いかがでしょう。

 宇宙探査といえば、遠くの天体に行くほど難しいというイメージがあったかと思います。
確かに、天体が遠いほど一般に難しくはなりますが、それ以上に、上記のような
探査の種類による難易度の変化の方がよほど大きいということです。
 このことを理解すると、各国の技術レベルが理解しやすくなります。

 次回のコラムは今回の知識をベースに、世界各国の宇宙探査技術レベルを解説します。



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