お月見の季節ということで、月探査・開発に関するコラムを短期集中連載で
お届けしております。
 第二弾は、「日本の宇宙探査レベルはどのくらいか」です。
 前回のコラムで、宇宙探査の技術レベルについて理解が進んだと思いますので、
その知識をベースに今回は各国の技術レベルを検証し、日本がどのくらいの位置にあるか、
私見を述べようと思います。

 まずは、第一段階である、レベル1)地球周回衛星(=人工衛星)について
見てみましょう。
 私が担当している大阪大学の文系向けや理系向けの講義で、「人工衛星を最初に
打ち上げた国は?」と尋ねると、まあ、ほとんどの学生は正解します。しかし、中には、
アメリカが一位だと思っている学生が案外います。
 さらに、日本が何番目かを知っている学生は、ほとんどいません。
 日本の最初の人工衛星については「世界はなぜ月をめざすのか」にも書きましたが、
日本国民としてぜひ知っていておいていただきたいので、あらためて紹介しましょう。

 自国のロケットにより人工衛星打ち上げに成功した国
 1位 1957 ソビエト連邦
 2位 1958 アメリカ
 3位 1965 フランス
 4位 1970 日本
 5位 1970 中国
 6位 1971 イギリス
 7位 1980 インド
 8位 1988 イスラエル
 9位 2009 イラン
 10位 2012 北朝鮮

 なお、近年はヨーロッパではヨーロッパ宇宙機関(ESA)が人工衛星を打ち上げて
おりますが、主にフランスの技術を継承しており、また、単独国家としての打ち上げでは
ないので、上の表からは省きました。
また、ウクライナはソビエト連邦の技術を引き継いでいるということで省きました。

 第二次世界大戦で日本が敗戦したのが1945年なので、敗戦後わずか25年、しかも
中国よりも早く、日本は人工衛星打ち上げ技術を獲得したことになります。
 ロケットは高精度な部品を複雑に組み合わせて造られるので、様々な分野でムラなく
技術レベルが高くなる必要があります。また、高い品質管理能力も問われます。
 戦後25年で人工衛星を実現したことに、日本人は誇りを持つべきだと思います。
なお、下の写真は、日本初の人工衛星「おおすみ」をあしらった風呂敷で、相模原の
宇宙科学研究所で購入したものです。

    Oosumi
 一方、韓国がまだ独自のロケットで人工衛星を打ち上げていないことは意外な
感じがします。韓国は国家の威信を掛けて、国産ロケットの開発をめざしています。
  さらに意外なのが、北朝鮮が最近、人工衛星を打ち上げたことです。
 私は、国家の社会システムが一定の水準に達しないと、人工衛星技術は確立しないと
思っていました。国家権力による極端な物資や人材の集中化によっても達成できたことに
驚きを感じます。
 ところで、北朝鮮が人工衛星を打ち上げた時に、ちょっとしたニュースになりましたが、
これには訳があります。
 人工衛星打ち上げ技術を持つということは、同時に、地球のどこにでもミサイルを
撃ち込む技術を持ったことになります。
 北朝鮮は核爆弾も開発していますから、核爆弾の小型化に成功すれば、世界のどこにでも
核爆弾を打ち込めます。人工衛星技術は、恐ろしい兵器に転用できるという側面もあるのです。
 そう考えると、第二次世界大戦で世界のあちこちと戦争をしていた日本が、人工衛星
打ち上げ技術を持った時の、諸外国の警戒心は想像できるかと思います。
 アメリカが日本のロケット技術を警戒したことが一つの大きな原因となって、
めぐりめぐってJAXAの母体の一つである宇宙開発事業団ができるのですが、
そのあたりの話は、またいつか機会がありましたら、いたしましょう。

 話がややそれましたが、他の技術レベルも比較したいと思います。
本サイトにものせてある、「月に関する技術初達成年」を、こちらでも再確認しましょう。

 レベル3)周回探査  ソ連1966 アメリカ1966 ヨーロッパ2004 日本2007 中国2007 インド2008 
 レベル4)軟着陸探査 ソ連1966 アメリカ1966 中国2013 (日本2019? SLIMで達成?)
 レベル5)無人探査車運用 ソ連1970 中国2013
 レベル6)サンプルリターン アメリカ1969 ソ連1970 (中国2017? 嫦娥5で達成?)
 レベル7)有人探査 アメリカ1967-1972

 アメリカと、ソ連が突出して早期に実現していることがわかります。
 当時、アメリカとソ連は、冷戦の真っ最中でした。
 アメリカが主導する資本主義と、ソ連が主導する共産主義のどちらのシステムが
素晴らしいかを世界に示すため、国家の科学技術の最高峰を示すことができる宇宙開発で、
熾烈な競争を繰り広げていたのです。
 冷戦時代は、相当に無理をして国家予算を切り崩して宇宙開発競争をしていましたが、
現在は、科学技術の発達により、無理のない範囲での開発が進んでいます。

 現在の月探査を見てみると、ヨーロッパ、日本、中国、インドが新たな月探査国家の
仲間入りをしていることがわかります。その中で突出しているのが中国で、他国がレベル3に
とどまっている間に着実にレベル5までステップアップし、まもなくレベル6に達しようとしています。
そして、近いうちにレベル7に達するでしょう。

 一方日本は、2007年に「かぐや」によってレベル3に達しました。今話題になっている
SLIM計画による月着陸探査が実現すると、2019年ころにレベル4に達することができます。
 レベル5〜レベル7に相当する探査計画も工学・理学双方の研究者の間で机上の検討が
進められていますが、具体的に予算がつくのはいつのことか、全くわかりません。

 他の天体についてはどうでしょうか?
 火星について見てみましょう。

 火星の現状(初達成年)
 レベル3)周回探査  ソ連1971  アメリカ1971
        (日本2003失敗)  ヨーロッパ2003  インド2014
 レベル4)軟着陸探査  ソ連1971  アメリカ1976
 レベル5)無人探査車運用  アメリカ1977
 レベル6)サンプルリターン  なし
 レベル7)有人探査    なし

 火星探査はアメリカが突出して進んでいて、現在も探査ロボット、オポチュニティや
キュリオシティが火星のホットな話題を提供してくれています。
 一方、他の国をみると、ヨーロッパやインドも健闘していることがわかります。

 日本は「はやぶさ」で小惑星イトカワからのサンプルリターンという、レベル6的な
探査を成功させました。しかし、相手が重力の大きな天体(重力天体)となると、レベル3の
周回探査を実現した天体は月のみで、火星も金星も軌道投入に失敗しています。

 以下、日本の現状についての私見を述べます。
 自動車産業に例えると、「はやぶさ」の成果は、日本がレースカーを作って、ある種の
国際レースで優勝した、といった感じの成果のように思います。
 一方、中国は重力天体への軟着陸、ローバー運用、サンプルリターンと、着実に正攻法の
宇宙探査技術の積み立てをしており、自動車産業に例えると、自家用車の販売実績を国際市場で
ジワジワ上げてきているようなイメージです。
 ただ、日本も国際宇宙ステーションへの貢献では、有人宇宙技術をコツコツと育てて
きておりますし、月着陸探査計画SLIMでは初の重力天体への着陸に挑戦します。
 SLIMというと、「ピンポイント着陸」という世界初の特徴がクローズアップされがち
ですが、「重力天体への着陸」という大変重要な基本的な技術ステップの積み上げ過程も含まれて
いることを忘れてはいけません。
 世界初の華々しい技術と、世界初ではなくてやや地味だけれども、宇宙時代の技術立国として
備えておくべき基本技術、その両方をバランスよく開発していくことが大切でしょう。
 また、我々国民も、世界初の成果だけでなく、日本が一つの技術ステップを登った時には、
きちんと評価して祝福したいものです。
 2010年に金星の周回軌道投入に失敗した日本の金星探査機「あかつき」は、今年2015年の
12月7日に、軌道再投入に挑戦する予定です。
 成功すれば、日本初の惑星への周回軌道投入成功となります!成功を祈りましょう!


次回はお月見も間近ということで、月の科学について書きましょう。



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