お月見の季節ということで、月探査・開発に関するコラムを短期集中連載で
お届けしております。

 第四弾は、拙著「世界はなぜ月をめざすのか」(ブルーバックス)(以下、「セカ月」)
のカバーに込められた科学の話です。

    Cover
 このカバー、実は、ブルーバックス初、いやおそらく新書初の、立体加工カバーなのです。
カバーの凹凸が光の反射でわかるように撮影してみましたが、いかがでしょう。
本の表が月の表側、本の裏が地球からは見えない月の裏側になっています。

 立体カバーのアイデアは講談社ブルーバックス編集部からご提案いただきました。
「セカ月」の根底に流れる思想が、「人類のフロンティア拡大」なので、カバーもそれを
体現するように、出版技術としてのフロンティアを拡大しようという粋な計らいです。

 単に立体というだけでなく、「かぐや」のレーザー高度計のデータを使った、
月の地形がよく分かる凹凸になっているので、実は教材としても価値があります。
(著者は教材として使っています。)

 このカバーの詳細説明を、「セカ月」にも書いておきたいところだったのですが・・
カバーに凹凸加工するのは大変な高コストなので、初回限定版ということになっております。
初回限定版がなくなると、ツルツルの通常カバーになってしまうので、そこに凹凸カバー
の説明が残るのもおかしいということで、詳しい説明を入れることは断念いたしました。

 というわけで、セカ月限定版をご購入いただいた方へのアフターサービスとして、
凹凸カバーの作成の舞台裏と、味わい方を紹介いたします。
 「セカ月」をお持ちでない方は、「本屋さんへGO」・・・と言うのも投げ遣りなので、
以下でご紹介する「かぐや」のレーザー高度計のデータを目で見ながら楽しんでいただいても
結構です。
 そして、もし、さわりたくて指がウズウズしてきたら、まだ、限定版が残っている間に、
本屋さんへGO!(あー、結局、言っちゃいまいた。)

 ちなみに某ネット通販では、限定版がなくなることを見越してか、
定価の2倍以上のプレミアム価格をつけて売っている方がいらっしゃいますが、
現時点(2015年9月27日時点)では、まだ凹凸バージョンが購入できますので、
ご安心ください。(いつの間にか切れてたらごめんなさい。)

 月の画像はこちらに掲載されている、「かぐや」のMI(マルチバンドイメージャ)
データから 作成されました。

http://www.selene.jaxa.jp/ja/document/index.htm

 マルチバンドイメージャーというカメラは、月を様々な波長で撮影するカメラで、
著者も開発運用チームの一員です。
 研究では、様々な波長の画像を組み合わせて、月面にある鉱物を推定して
いるのですが、今回使用した画像は、750 nmという一つの波長のものだけを使っています。
 色で言うと赤色に相当しますが、月は色成分ごとにそれほど差のない灰色なので、
この画像はおおむね人間が眼で見た月の明暗と同じとなっています。

 上記のサイトの高解像度版のデータを基本的に使っておりますが、
高解像度版では少しデータが欠落している部分があります。
そこを低解像度版データで補うという少々凝った処理をしています。

 そして触ってわかる凹凸は、「かぐや」のレーザー高度計のデータを使って
作っています。
 レーザー高度計というのは、月を周っている「かぐや」からレーザー光線を
月面に向けて撃って、レーザー光線が反射して戻って来る時間から「かぐや」の高度を
測定する装置です。
 このデータと「かぐや」の軌道から、逆に月面の標高がわかるという仕組みです。
ただ、ここでやっかいなのは、「かぐや」の軌道は単純な円や楕円ではなく、
月の場所による重力の違いによって小刻みに変動していることです。
 この微妙な変動は、「かぐや」から発射される電波のドップラー効果による
周波数の変化の解析から求めています。
 ドップラー効果というのは、救急車の音が近づく時は高く、遠ざかる時には
低くなるあの現象で、音波だけでなく電波でも同じことが起きます。
 そうやって求めた「かぐや」の正確な軌道と、レーザー高度計のデータとを
あわせてできたのが、こちらの詳細な月の標高データ(=地形図)です。

http://www.miz.nao.ac.jp/rise/news_20090213

 なお、月の地形図については、最近、国立天文台と国土地理院とJAXAの共同で、
赤色立体地図化されました。

http://gisstar.gsi.go.jp/selene/

 赤色立体地図というのは、アジア航測株式会社が開発した地形図の表現技法で、
地面の凹凸や傾斜の変化を読み取リやすいよう、特殊な色付けをした地図のことです。
 赤色立体地図は、地球の火山をはじめとした地形の解析や、防災計画などで
大活躍している地図技法です。
 この技法で「かぐや」の月標高データを表現するという大変興味深い試みです。
眼で地形を楽しむのには最高の地図なので、ぜひこちらもごらんください。

 さて、この地形図をブルーバックスのカバーの凹凸にするわけですが、
凹凸は、飛び出しているか、引っ込んでいるか、の2通りの情報しかありません。
 カバーの限られた厚さの中で、指で感じるには、あまり細かい段階で変化しても
感じ取れないので、2段階という単純さはむしろメリットといえます。
 問題は、どう2段階に分けるかです。
 単純にある標高値で2段階に分けると、表と裏側の違いとか、北半球と南半球の
違いだとかで分けられてしまい、地域の地形の変化の特徴がつぶれてしまいます。
 そこで、凹凸加工のデザイナーさんと細かくやりとりして、月の地域によって
段階の区切りとする標高を徐々に変化させています。
 そんなやりとりの途中の図を以下にお見せしましょう。


Cover_secret

 赤いところが出っぱらせる部分の候補で、私がその図に手描きで、標高値の
しきい値を修正する目安の指示を書いています。
(私の字が汚いのは、デジタル画像にマウスを使って書き込んでいるから・・
ということにしておいてください (^o^)  )
 最終結果の塗り分けがどうなったかも、この図からおおむね読み取れるかと思います。
 こうした試行錯誤の結果、まるであなたが巨人になって月を触ったら
どんな風に感じるか・・・ということが、かなり再現できたのではないかと思います。

 さて、月の反射率の画像(おおむね人間が眼で見ている月と同じ)と、
月の凹凸とを重ねて表現すると、面白いことがわかります。

 表側の凹凸はおおむね、月の海(暗いところ)と高地(明るいところ)に
対応しています。
 月の海は、過去の巨大隕石衝突によって月にできた巨大クレータを、後に
噴出した溶岩が埋めたものです。
 ところが、裏側は、海(暗いところ)がほとんどないにもかかわらず、
南半球のほとんどを覆うボッコリと巨大な凹みがあることがおわかりかと思います。
 この凹みは南極エイトケン盆地と呼ばれており、月形成初期の超巨大衝突の
痕跡だと考えられています。
 短期集中コラム第3弾で紹介したESAのムービーにも解説があるので、
あわせてごらんください。
 こんな巨大衝突クレータがあるのに、なぜ表のように溶岩が噴き出して
こなかったのか?これは、ESAのムービーにあった、「近年の探査によって
新たに浮き彫りにされた謎」の一つです。
 月の地下構造は表と裏で大きく違うことがうかうかがわれるのですが、
なぜ表と裏で異なるのか?「セカ月」で一部の説を紹介してはいますが、
現時点では多くの科学者が認める定説というものは、まだありません。


 さて、本日のコラムはこの辺でしめましょう。
 「セカ月」のカバーには、様々な思いや、様々なデータが込められていることを
感じていただければ、幸いです。

 月を眺める際には、眼で見る月の明暗だけでなく、それとは少々異なる
地形の凹凸のことも思い出しながら眺めていただけると嬉しいです。

 あ!でも大きく異なるのは、地球からは見えない裏側でした!
 ぜひ裏側の様子も心眼で透視しながら、お楽しみください。

 さて、次回は短期集中連載のひとまずの最終回で、「宇宙に関わる仕事をするには?」
というテーマでお送りします。
 明日アップロードする予定ですので、お楽しみに!




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