みなさんお月見はできましたか?
 私は火山学会で来た富山市で眩しいほどに輝く月を鑑賞できました。
駅前で写真撮影をされている方もいらっしゃいましたね。

 さて、お月見の季節ということで、月探査・開発に関するコラムを短期集中連載で
お届けしております。
 最終回は、「宇宙にかかわる仕事をするには」です。


 夏休みのイベントなどで、月惑星探査に興味のある高校生にたくさん会うことが
できました。
 そこでよくあった質問は「宇宙探査・開発にかかわるにはどういう大学のどういう分野に
行けばよいでしょうか?」という問いです。
 そこで、宇宙探査・開発に興味のある若者向けに、私の考えをお話ししたいと思います。

 まず、前半は基本的な考え方を、そして、後半は、もう進路を具体的に考えなくては
ならない高校生や、大学院の進路を迷っている大学生向けに書きます。

 では、まず基本的な考え方を。

 出会った生徒のみなさんに聞いてみると、多くの中高生がイメージしている進路は、
JAXAに入って宇宙飛行士になるかロケットを開発する、という道か、天文学者になって
研究するという道です。

 そういう道も確かにありますが、それはほんの一部で、宇宙へつながる道は、多くの
中高生のみなさんの想像をはるかに超えてたくさんあります。

 まず、ロケットや探査機の開発ですが、もちろんJAXAの方々は開発の様々な段階で
深く関わっていますす。しかし、実際に製造しているのは企業です。
こちらのJAXAの「日本の宇宙産業」というサイトに、関わっている企業が紹介されいます。
http://aerospacebiz.jaxa.jp/jp/spaceindustry/company/
 国際宇宙ステーションには、なんと約650社もの日本の企業が関わっている
ということです。
 知らずに入ったら、びっくり!宇宙に関わることになりました・・・という若者も
きっとたくさんいることでしょう。
 私も、かつての教え子と宇宙研近くの食堂でばったり会って、「衛星のソフトウエアを
つくることになりましたー」というびっくり報告を受けたことがあります。

 また、「宇宙の研究をしているのは天文学者」という考えも、かなりな誤解です。
実は私も大学に入るまでそう思っていたのですが、実際に宇宙の岩石を研究しているのは、
地質学者や鉱物学者だということを知って、そちらの道に進みました。

 金星や木星の大気は気象学者が研究していますし、天体の地下構造は地震学者が
研究しています。最近は生命の起源解明や生命探索で生物学者も増えてきています。

 物理、化学、生物、そしてもちろん地学とあらゆる研究のテーマがあるのが宇宙です。
 天文学者も、もちろん、遠くの天体や天文現象を様々な電磁波の波長(可視光線、X線、
赤外線、電波、など)で調べたり、そのための観測衛星を打ち上げたりしていますが、
それだけではありません。

 前回のコラムで紹介した、レーザー高度計のデータは国立天文台のサイトだったのに
お気づきでしょうか。地形図を作成したり、そのために必須な重力異常のデータを
つくっているのは、天文台なのです。
 という訳で、中高生のみなさんの想像をはるかに超えて、宇宙への関わり方は
たくさんあるのです。狭い知識から、あわてて分野を絞らないで、いろいろな分野に
視野を広げておくことが大切かと思います。


 さらに、もっと視野を広げてみましょう。
 すでに宇宙に関わる分野として確立している職業は、食いっぱぐれはしないかも
しれません。しかし、その職業につきたい人がたくさんいるので、大変な競争の中、
実力をアピールして就職活動せねばなりません。

 しかし、宇宙が人類の次のフロンティアとして開発される時、あらゆる職業が宇宙に
飛び出します。
 宇宙農業、宇宙医学、宇宙服デザイナー、宇宙観光・・・それらの専門家はすでに
存在しています。
 人類が月や火星に住むようになれば、宇宙美容師、宇宙弁護士、宇宙保母さん、
宇宙菓子職人、宇宙旅行作家、などなど、あらゆる職業が宇宙へ飛び出すでしょう。

 みなさんの身の回りの方々の職業の頭に「宇宙」という文字をつけてみてください。
新たな発想が産まれるかと思います。
 もし、その「宇宙なになに」という職業の人がまだいなかったとしたらどうでしょう。
あなたが始めれば、あなたはすぐに「宇宙なになに」の分野の世界一の専門家に
なれてしまいます。

 大航海時代も、そうやってビッグチャンスをつかんだ人がたくさんいたと思います。
 しかし、その「宇宙なになに」が世の中に求められるようになるよりも、はるか前から
始めると、世界一の専門家にはなれますが、「宇宙なになに」では収入が得られず、
結局続けられないという恐れもあります。

 ハイリスクハイリターン!さあ、どうします?

 しかしリスクを抑えて宇宙をめざす方法もあります。
「宇宙なになに」では、今は食えないかもしれませんが、「地球なになに」はすでに
その職業があるとします。
 ならば、「地球なになに」の専門家になって、しっかり稼いで、その知識と経験を
宇宙に向ければ良いのです。

 そもそも宇宙という過酷な環境で通用する知識や技術があるのなら、地球でも
通用しなくてはなりません。
 例えば、私はバイクレースが大好きなのですが、ライディングウェアをつくっている
ダイネーゼというメーカーは、最近NASAと共同で宇宙服の開発も始めています。

 極端な話、「地球なになに」が「宇宙なになに」と関係なくても良い場合すらあります。
 IT関連で稼いだお金で、電気自動車や宇宙ロケットを開発する、イーロン・マスク氏
のような攻め方はかっこいいですねー。


 では、次に、もう進路を具体的に考えなくてはならない高校生や、大学院で宇宙に
関わりたいと思っている大学生向けに書きます。

 前半でも述べたように、あらゆる分野が宇宙に関わることができるので、実際のところ
「絶対宇宙と関係ない」という分野の方が少ないくらいです。

 宇宙に携わる企業ねらいであれば、目的の学部学科の卒業生がその企業に就職できて
いるかどうかを調べるのが手っ取り早いです。もし、その分野が「宇宙なになに」と
「地球なになに」の両方がある分野であれば、むしろ学生のうちは実践経験がたっぷりできる
「地球なになに」の分野でしっかり勉強した方が良いかもしれません。

 一方、すぐに宇宙に関わることができる大学の研究室を選びたいという方も多いでしょう。
大学の先生は研究テーマは自由に選べるので、「よし、今日から宇宙に関する研究をするぞ!」
と思えば宇宙に関わる研究ができます。

 宇宙に関わるカリキュラムを宣伝している大学はわかりやすくていいですが、
実際のところは、人次第です。「宇宙やろう」と思って、実際にやっている先生が
いるかどうかが重要です。
 現代はインターネットが発達しているので、昔にくらべて探すのが大変楽になりました。
ネット検索を活用しましょう。

 まず、具体的にやってみたい分野があるのであれば、とにかく検索!検索!です。
すると、きっとどこかの大学の先生が学会発表しているタイトルや発表概要に行き当たります。
 研究内容はまだよく理解できないかもしれませんが、まあ、どんなことをやっているか、
雰囲気は伝わるかと思います。
そしたら、今度は、発表者や共同研究者の氏名で検索!検索!です。きっと思わぬ大学や
思わぬ学科が発掘されるでしょう。

 逆に、行きたい大学や学部が漠然と絞れている場合は、ネットでその学部の構成員を調べて、
そこの先生の名前で検索!検索!です。案外、宇宙の研究をやってそうで全然やって
いなかったり、逆に、意外な人がやっていたりするものです。

 そうやって、宇宙の研究に関わっている先生を見つけたら、次にチェックするのは、
同じ研究室、同じ学科の他の教員の研究テーマです。
 目的の先生はあなたが4年生になって卒論研究をする前に、定年退職や、他の大学への
異動などでいなくなるかもしれません。また、実際に授業を受けているうちに、
「どうも、この先生とは相性が合わない」と思うかもしれません。
そんなときは、同じ学科に、興味の持てる研究をしている先生が複数いる方が安心です。
 また、関連分野の先生が複数いる方が、学内で議論できる学生仲間も多いので、
充実した学生生活となる期待値は高くなるでしょう。

 もっとも、学内に関連分野の先生が少なくても、他の大学と積極的な交流を持っている先生も
多数います。ある程度、目的が絞れてきたら、オープンキャンパスで、実際にその先生に会ったり、
その研究室の学生から話を聞いてみるのが一番です。

 大学を選ぶ高校生は、ここまで具体的に絞ることは難しいかも知れません。
案外絞らない方が、思わぬ面白い分野に巡り合えて良いこともあるでしょう。
まずは、視野を広げることを中心に考え、自分がとにかくワクワクできそうな分野で、
漠然と大学を選んで、本当にやりたいことは、大学院で絞るという方法でも良いかと思います。

 宇宙だからってことで選ぶのではなく、取り組み対象に興味を持てることが重要です。
工作が好きでもないのに宇宙工学を選んだり、地球の岩石に興味のない人が宇宙の岩石の
研究をすることは、あまりおすすめできません。

 一方で、大学院を選ぶ大学生は、逆に、すでに大学という環境にいるわけですから、
 「いま情報収集してしっかり選ばないで、いつやるの!」というくらいに真剣に探して
欲しいです。
 

 本日のテーマは以上ですが、最後に少し補足を。
 
 実際のところは、みなさんは既に宇宙開発に関わっています。
宇宙開発がみなさんの税金によって行われていたり、世論が宇宙政策の方向性を左右
したりすることは言うまでもないことですが、もっと大切なことがあります。
 それは、日本の宇宙開発は、日本の高精度な社会システムに支えられていると
言うことです。

清潔な水、安定した電力、短時間で壊れずに配達される荷物、途切れない通信、
整備された教育環境、高精度な部品、ごまかしのない流通、高度な医療・・
社会のシステムが正確に機能するように、社会人がそれぞれの持ち場でしっかり
働くことは、実は、莫大な人員が超複雑システムを短時間で組み立てるという
宇宙開発の大きな助けとなっています。

 日本のロケットが打ち上がったら、自分も関係しているのだと思って、成功を
共によろこびましょう。他の国のロケットが打ち上がったら、その国の人たちも
がんばっているのだとリスペクトしましょう。
そして、お互い切磋琢磨した技術で協力することで、人類のフロンティアを
ひろげましょう!

 宇宙へのフロンティアの拡大は、まさに、人類の社会システムの充実と、
平和秩序の到達点の象徴なのです。


 さて、短期集中コラムは、今回で終了です。
 長文を読んでいただいた皆様、ありがとうございました。
 次回はいつかは決めておりませんが、また企画を考えたいと思います。
 その際はまたよろしく御願いいたします。



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